実は遅くない
本当は、第三条で述べたように、何か起きてからでは遅く、何かが起きる前に、先見の明を持って、判断し行動すべきだ。
だが人間は神様では無いから、往々にして、タイミングを逃して、後になってから気がついで、判断を迫られる場合がある。
あるいはそれでも気がつかないまま、何かが起きてしまってから、やっと気づいて判断を求められる場合がある。
そのときこそ、第一条・第二条で述べたように、マネージャは推進力を発揮して、手を打たなくてはならない。
しかし、推進力を発揮できずに、ここで手を打てないマネージャは非常に多い。
そういう時はこんなセリフが出る。
「もう遅い」
本当は半年前に気がついて手を打つべきだった、しかしプロジェクトがこう進捗した今となっては、もう遅い、このまま行くしかない、と判断してしまい、第二条で述べた、何もしないマネージャになってしまう。
そして更に一年たったとき、思うのである。
あの一年前、気づいたとき、もう遅いと思わずに、すぐに手を打っておれば、いまのこんなカオス状態・危機的状態・デスマーチ状態にならなくて済んだ、あるいはカオスであってもその度合いがもっとマシな状態になっていたはずだ。振り返ってみれば、一年半前のProjectスタート時に気がついているのがもちろんベストだが、そうでなくてもあの一年前の時点が、我々が行動できた一番早い時点だった。こうまでカオス化してはさすがにもう遅い。
(という後悔を一年後もまた繰り返す、かも)
だから、気がついたら、「もう遅い」と思わず、実行する。
これが分からない上司や部下はこういうかもしれない。
「えー?いまさらぁー?」
しかしこの声には惑わされてはいけない。リーダーはリードするからリーダーなのだから、推進力を発揮して、正しい方向に引っ張っていく。
「もう遅い、と思ったときが一番早いとき」というのはどこで聞いた言葉だったか忘れてしまった。出典が分からない。が、私の脳みそに記憶されたあと、世のマネージャが陥りやすい誤りとして繰り返し実例を目の当たりにしてきて、深く脳みそに刻まれた言葉である。
でもまあ確かに、航空機の世界では「v1(離陸決心速度)」というのがあって、離陸しようと滑走路を走って、速度がv1に達したら、そのあとたとえエンジン故障などどんなトラブルがあったとしても、もうフルブレーキをかけても滑走路の端で停止できないから、飛び上がるしかない、という、引き返し不能地点のようなものは如実に存在する。
が、世のマネージャはこのv1をあまりに低く認識してしまい、まだまだいける、修正が効く、たとえデメリットがあっても長い目で見ればメリットが大きくなる、という地点で、「もう遅い」と考えてしまいがちだ。
何しろ「何もしない」「先送り」はとても魅力的で、強い意志を持たない限り、フラフラと、そちらの方向に流れてしまうから。
後で気がついた、もっと早ければ、もう遅いか、と思ったら、強い意志を持って、いやまだまだ間に合う!と改善を推進すべきだ。

コンコルド錯誤
以上で述べたことに似た話としては、コンコルド錯誤(またはコンコルド効果)がある。
飛行機は、ライト兄弟の複葉・チェーン駆動のプロペラ機から始まって、チェーンを廃してプロペラ直接駆動、双発や4発、複葉が単葉、木製から金属製、レシプロがジェットエンジン、スピードUPして超音速、などと、どんどん発達していった。
軍用機が開発先行して、旅客機はその技術の後を追う。
そうなると次世代の旅客機は超音速だ、ということになって、1960年代、アメリカもソビエトも欧州も、超音速旅客機の開発に力を入れた。
しかし騒音問題やオイルショックなどもあって超音速の時代は訪れず、そのちょっと手前の亜音速で、大量輸送でコストダウンという時代がやってきた。
アメリカは超音速旅客機の開発を中止して、代わりにジャンボ機を開発し、大量輸送時代のわが世の春を謳歌。
ソビエトはTu-144の完成にこぎつけはしたが、航空ショーで墜落という失態を演じ、そこまで。
イギリスとフランスは、途中で開発中止すればいいのだが、もともと仲の悪い2国間の国際プロジェクトで、Concorde(協調)とまでネーミングしてしまったこともあってか、中止できず、そのまま開発を続行、ねばりと意地で開発成功にもっていった。
その根性はすばらしいと思う。諦めないと最後には成功する。
超音速旅客機は欧米間の大西洋路線で活躍したり、フランスの大統領が外遊するときの特別機として使われるなど、いい活躍をした。
しかし商業的には大失敗で、大赤字だった。
本当は世界の航空会社に売れるはずだったが、開発遅延とか、時代が違ってニーズにマッチしないとか、騒音とかにより売れず、開発した両国の、ブリティッシュ・エアウェイズとエールフランスにしか売れず、開発費を回収できなかった。
大赤字を出す前に、どうやら時代の読みが違うようだとなったら、アメリカみたいに開発を中止すべきだった。バックに国がついているから、何とか意地を通すこともできたが、民間企業でこれをやると、倒産してしまう。
今までやってきたことが無駄になるが、それでも、安易に「もう遅い」と思わずに決断するほうが、結果的には良い場合がとても多いと感じられる。